2014年度4年生特集 ~駒澤大学~

2015年1月31日

続いては駒澤大学の4年生から見ていきます。全部で8人います。3大駅伝の出場経験者うち4人となっています。全員が1万mで29分30秒を切っており、全員が実業団に進むというのもすごいですね~。高校時代の持ちタイムでは、村山、中村、大谷の3人が13分台をもっており、13分台トリオとして注目されました。

 

 

 

 

村山 謙太・・・特集ブログにて既に紹介済

 

 

中村 匠吾・・・高校時代から13分50秒という持ちタイムだけではなく、インターハイや駅伝でも結果を残してきた選手です。しかし、3年時の都大路前に故障してしまい、そのまま都大路に出場したことで怪我が悪化、その後の大学生活でも故障に苦しみましたね。特に1,2年時は1年の全日本と2年の箱根しか出場出来ませんでした。それでも、3大駅伝には7度出場し区間賞が4度、区間2位が1度、区間3位が2度というずば抜けて高いレベルでの安定感を発揮しました。

 

 

西澤 佳洋・・・1年で1万m29分30秒切り、2年で5000m14分3秒と一気に持ちタイムを伸ばしてはきましたが、なかなか3大駅伝に出場することは出来ませんでした。転機は3年の箱根、6区5位の快走を見せると、その後は記録会で好タイムを連発、5000m13分台、1万m28分台、ハーフ62分台とタイムを大きく伸ばしてきました。駅伝でも全日本で3区2位、箱根で6区3位とタイムに違わぬ結果を残しました。

 

 

大谷 卓也・・・高校時代、13分台ランナーだったものの駅伝や勝負レースでの実績は乏しく、村山や中村と比べると劣る印象でした。大学では度重なる故障に苦しみ続け、高校時代のベストを更新出来ず、1万m,ハーフを走ることもありませんでした。3年までは唯一、関東インカレ1500mで入賞したのが実績と呼べるものだったでしょうか。しかし、4年では5000mで13分台、1万mで28分台、ハーフでも63分30秒切りと一気にタイム、距離ともに伸ばしてきました。ただ、有力選手が揃った駒澤においては残念ながら3大駅伝を走ることは叶いませんでした。実業団で花開いてくれればと思います。

 

 

黒川 翔矢・・・高校時代の実績に乏しく、5000mで14分40秒台の選手が2年時にいきなり全日本7区に起用されたのにはびっくりしました。しかし、そこで2位の好走を見せました。3年時も1万mで28分台を出すと、再度任された7区で2位、4年時に7区区間賞を獲得と3年連続で好走しました。箱根では4年時にようやく悲願の出場を果たしますが、10区8位とちょっと奮わなかったかなあ。それでも、不安だったハーフの距離にもしっかりと対応し、関東インカレ2部ではハーフで2年連続入賞を果たしています。

 

 

小根山 泰正・・・一気に伸びてきたのは3年の終わりからなんですよねー。1万mで29分台1桁、ハーフで63分34秒と好タイムを連発しましたが、3大駅伝出場は叶いませんでした。大谷同様、もう1年早く戦力となってくれていれば出番もあったのでしょうが・・・ただ、4年生になって伸びてきた選手は実業団でも活躍することも多いですし、実業団でさらに伸びてくれればと思います。

 

 

猪浦 舜・・・高校時代の実績は最も乏しい選手の1人でしたが、1年時からベストを大きく更新して活躍が期待された選手です。しかし、2,3年でやや伸び悩んでしまったんですよねー。3大駅伝にはエントリーはされるものの、実際の出場は叶わないという状況でした。それでも、4年時の上尾ハーフで62分32秒の好タイムをマークし、希望を繫ぎましたが残念ながら出番はありませんでした。4年生の躍進が駒澤の選手層を厚くしてくれました。

 

 

高橋 功気・・・1年時に5000mで14分19秒、1万mで29分28秒をマークし、今後が非常に楽しみになりました。しかし、1万mでは1年時のベストを更新することは出来ず・・・5000mでも3秒の更新に留まりました。3年の上尾ハーフで64分18秒のベストをマークして以降は出場する記録会で結果を残すことが出来ず、最後の箱根では4年生で唯一エントリー出来なかったのは悔しかったでしょう。実業団でもう一度復活して欲しいです。

 

 

3大駅伝での実績という点では村山、中村が抜けてはいますが、持ちタイムを見ると多くの選手が伸びてきており、特に4年時での活躍は目覚ましいものがありますね。4年間頑張ってきた選手が最終学年で結果を残せるというのは素晴らしいことだと思います。ただ、先ほども書きましたがもう少し早く戦力になってくれれば・・・という思いもあります。4年生の抜ける穴はダブルエースだけではなく、選手層の低下も大きな懸念点ですね。今年度の選手層を厚くしてくれたのは、7人箱根にエントリーされた4年生でしたから・・・全日本では4連覇と一度も負けることなく卒業することとなりましたが、最も勝ちたかったであろう箱根には最後まで手が届きませんでした。。。2位が2回、3位が2回と安定した結果を残していましたが、頂点は遠かったなあ。。。

 


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