2015年度 高校生特集 ~羽生 拓矢(ハニュウ タクヤ)~

今日は八千代松陰の羽生 拓矢について中学・高校時代の走りを振り返ってみます。千葉の印西中学時代からトップクラスの選手の一人であり、全中では13位でしたが、ジュニアオリンピックでは2位に入ってきています。タイムも8分25秒を勝負レースで叩きだしてくるのですから、凄いですよね。都道府県対抗でも2区で区間8位とまずまずの走りを披露しています。この時はちょうど池田と並走する場面もあり、方や180cmオーバー、かたや150cmほどとすごい身長差だなあと思って見ていた記憶があります。

 

そして高校時代、高1では国体こそ出場は出来ませんでしたが、関東駅伝では2位以下に大差をつける3区区間賞を獲得すると、5000mでは14分0秒と当時の高1歴代最高タイムを叩き出しました。高1が14分ちょうどで走ってしまうのですから、恐ろしいですよね。そのタイムが1年後に高1で13分台を叩きだした遠藤日向に抜かれるとは思ってもみませんでした・・・

 

そして迎えた都大路、3区を任されるとどんどん前を追っていき、世羅のカマイシにつけられる差を最小限にとどめて区間2位、タイムも23分39秒と日本人歴代3位でした。1位が西脇工業3年の志方、2位に佐久長聖3年の村澤がおり、それぞれ5秒差、1秒差しかつけられていないということが、このスーパールーキーの凄まじさを物語っていますね。個人的にはこの世代が高校で走った全てのレースの中で最も衝撃的でした。この走りで世代トップクラスから一躍高校トップクラスの選手に仲間入りを果たすことに。。。

 

 

2年時、5000mのベストこそ13分52秒98と最終的にはこの世代2番手となる素晴らしいタイムをマークしましたが、インターハイ5000mでは順当に決勝にこそ進んだものの、18人中17位というまさかの結果に終わってしまいました。その後も国体に出場することは出来ず、さらに悪い事に都大路にも故障で出場することが出来ないという憂き目に遭っています。都道府県対抗も出場せず、完璧な1年だった1年時から一転、2年時は苦しい1年間となってしまいました。

 

 

3年時、インターハイ5000mでは15分台で予選落ちと1年時の勢いは失われてしまいました。国体も出場することは出来ず、トラックの勝負レースでは目立った成績を残すことが出来なかった3年間でした。ただ、ロードでは県駅伝で29分18秒と区間記録の走りを見せると、2年ぶりとなった都大路では1区を任され、序盤からハイペースで集団を引っ張っていきました。どんどん有力選手が集団から引き離されていく中、ペースを落とすこと無く最後まで粘りきり、ラスト勝負こそ敗れたものの、1秒差の29分9秒で区間2位、日本人歴代4位という素晴らしい走りを見せてくれました。あれだけ一人で引っ張っておいてこのタイムで走れるとなると、まだまだタイムは伸ばせてきそうですよねー。都道府県対抗には結局3年間一度も出場しなかったのは残念でしたが・・・

 

 

高2以降はなかなか結果を残せずに高1がピークになってしまうのでは?と正直心配もしましたが、最後の都大路ではさすが羽生という強さを見せてくれました。最後まで区間賞を争った關とともに東海大へ進学することとなります。都大路1区で日本人歴代3,4位の選手が揃って同じ大学に進学するだけでも他大からすれば恐ろしいですよね。

 

まだまだ、他にも高校トップクラスが揃って進学しますが、その中でもやはりこの二人は抜け出た存在となりうると思います。ともにインターハイは活躍出来ませんでしたが、都大路では2度素晴らしい走りを見せていますし、ロードの勝負レースで結果を残しているのが、3大駅伝ファンとしてはやはり期待せずにはいられません。また1年の都大路3区のような、圧巻の走りを大学でも見せて欲しいものです!!

 


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